旧SMILES@LA
長い間お世話になりましたが、2014年10月引っ越しいたしました。

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あが

Author:あが
LA郊外に住むお気楽バカ夫婦と、
ドーベルマン×ウィペット(推定)のミックス犬ニコ(9歳♀)デカスギミニチュアピンシャーのニヤ(8歳♀)の家族です。

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We can't save them all
去年の今頃にも書いたのですが、5月は「犬の咬みつき防止週間」があります。(詳しくは←リンクをご覧くださいね)また、5月はNational Pet Monthというキャンペーン月間でもあります。

そんなことを受けて、dogtime.comという犬の情報サイトにあるコラムが掲載されていました。私もよく読んでいるサイトです。

IMG_3705_201405301639273c0.jpg
「今日は楽しい話じゃないの。ごめんね。」

コラムのタイトルは「We can't save them all. And we shouldn't」
「全ての犬を救うことはできない。また、救うべきではない。」というもの。
複数回の咬傷事故を起こした犬の例をいくつか挙げて「こういう犬達に人的時間的資源を使うことは正しいことなのか?次の犠牲者を出すだけではないのか?それよりも、人を傷つけたこともないのに貰い手がみつからないというだけで殺処分になってしまう犬達を救うべきではないのか?何よりも一番に考えられるべきなのは公共の安全である。」という主旨の内容でした。

もう10日くらい前の記事なのですが、これを読んで以来ずーっとモヤモヤと胸にカタマリが詰まっておりまして、書こうか?どうしようか?と思いつつ、やっぱり書くことにしました。

このコラムを書いた人はアニマルコントロールの職員でもあり、レスキュー活動にも10年以上携わって預かりボランティアなどもしている人です。現場で多くの犬を見て来て痛感していることでもあるのでしょう。
確かに全ての犬をリハビリしてリホームすることは現時点のアメリカでは不可能です。理想を語るだけでは、どうにもならないことがあるのもよーく承知しています。

咬傷事故を起こしてしまった犬の中にもどうしてもリハビリが不可能だった犬、先天的に脳の器質性障害などのため攻撃性を取り除けない犬もいて、殺処分にせざるを得ない例もあることと思います。

それでもやはり「We shouldn't=救うべきではない」という言葉はどうしても受け入れがたい。
繰り返しますが、咬傷事故の結果としてどうしても処分にせざるを得ない場合もあることは理解します。けれど、頭から「そういう犬は救うべきではない」と言ってしまっては、リハビリ訓練も同様の事故の再発防止も思考停止におちいってしまうと思うのです。

コラムの中では「なんの落ち度もない咬傷事故歴のない犬達が殺処分になってしまうというのに、人を咬んだことのある犬達の助命嘆願署名などがされるのはおかしい」ということも書かれています。もちろん何の落ち度もない犬が殺処分となってしまうのは改善されるべき問題ですが、それと咬傷事故歴のある犬は殺処分にすべきというのとは全く別の問題です。

IMG_5511.jpg
「犬が咬むことは"犬の落ち度"なの?」

マイケル・ヴィックの犬達が保護された時アメリカ動物保護協会の会長は「シェルターでは愛すべきフレンドリーなピットブル達が貰い手がなくて殺処分になっているのに、このアメリカで最も危険と思われる犬達の命を救うのはおかしい。彼らは全頭殺処分にすべきだ。」と公式に声明を発表しました。
その声に反してアメリカ動物虐待防止協会が先頭に立ってヴィックの犬達を救済し、彼らの多くがリハビリを受けて素晴らしい活躍を見せたことは、このブログでも何度も書いている通りです。
その後アメリカ動物保護協会は正式に方針を転換して、元闘犬のピットブルもリハビリ〜リホームの対象としています。

咬傷事故歴のある犬は救うべきではないのなら、あのウォレスだって誰にも知られることなく2歳でこの世を去っていたということになります。

このブログのコメント欄で言葉を頂く方の中にも「殺処分にした方がいい」と言われた犬を見事にリハビリして、幸せなドッグライフを満喫している方々もいらっしゃいます。

もちろん個体としての犬も、取り巻く環境もそれぞれに違うので、彼らがうまくいったのだから全ての犬がうまくいくなどというつもりはありません。しかしそれは殺処分にせざるを得なかった例が全てに当てはまるわけではないというのも同じです。

「咬傷事故歴のある犬のリハビリができるかどうかの見極めは公共の安全に関わることなので慎重に行なう必要がある。その結果どんなに努力しても救うことができない犬がいるという現実は受け入れなくてはいけない。」
これならば、私も胸に何かがつかえたようなモヤモヤを感じることはなかったかもしれません。

ネットのコラムと言えども、犬の情報サイトでレスキュー活動にも関わっている人の言葉には重みがあります。そう思うとやっぱりWe shouldn'tという言葉の選択には賛成しかねるというのが私の思いです。自戒を込めて、色々と考えさせられました。


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はたはた
これって、永遠のモヤモヤですね。

噛む に限らず、病気、老犬・・・・
手間とお金のかかる犬を1頭助けるなら
その労力でもっと譲渡向きの犬を何頭も救えるとか。

でも保護して手をかけたら、すばらしい子だったり。

現場にいるからこそ、苦しい選択をしなければならない。
生と死の選択ですからねぇ。

・・べきではない と言い切るのは恐いですね。
犬の事だけでなく、そういう思想が恐いなぁ。
2014/05/30(金) 00:09:10 | URL | [ 編集]
このコメントは管理人のみ閲覧できます
2014/05/30(金) 00:39:15 | | [ 編集]
ねね
難しいですね。気持ちとしてはわからなくはありませんが、「救うべきでない」とは言い切れ無いと思います。
犬種に関わらず、攻撃性は飼い主の躾けの結果だとすれば、人を傷つけたことがなくて貰い手がない犬(飼育放棄、遺棄や避妊去勢をしないで繁殖させた犬も含めて)も、攻撃した犬も飼っていた人間の責任であって、犬のせいではないのですから。犬を救う、救わないも勿論ですが、日本でもそうですが、販売のシステムも含めて人間の「犬を飼う」ということに対する責任や教育をするべきなのかもしれません・・・。
2014/05/30(金) 04:43:23 | URL | [ 編集]
coco.。
ああっ、このコラム、「shouldn't」さえなければよかったのに~。

それさえなければ、共感できるところが多かったです。

このコラムを読んで私が感じたのは、話題になる犬には注目が集まり、署名嘆願が多く寄せられるけれど、フツーの犬が、ただ居場所がないからという理由だけで命を奪われている現実が見過ごされがちなんじゃないの、という心の叫びでした(合理的見地からただ資源の使い道を論じているというよりは、思い入れがとても強い書かれ方をしていると感じました)。

それは、共感するところです。

全ての人が問題行動に対処できるわけではない(トレーナーさんですらうまくいかなかった事例が挙げられていますし)けれど、そして、署名や嘆願書を提出するのも意義のあることだし必要だと思うのですが、寄付であれボランティアであれ啓蒙活動であれ(草の根でも)、現実的にできること、もうちょっと広い視野で見て行動することが必要なんじゃないかということを考えさせられました。

で、「shouldn't」って言っちゃったら、「なにおう」と反発しちゃうので、もったいないな、って。そう思いました。自分で島買ったら、そういう犬も入れてあげたってええやん~。
2014/05/30(金) 05:25:41 | URL | [ 編集]
Oklahomafrost
行く場所のない動物がもっともっと少なければ、その上で問題のある動物に目を向ける余裕があれば、現場にいる人がこんなことを言わなくてもいいのに。

でもこういう書き方をして、いろいろ論議が起こるのは悪いことではないと私は思うのです。

耳に心地いい言葉は残らないけれど、心にひっかかる言い方には足が止まります。作者の言っていることは現状では正論。でも肯定してしまうにはやはりひるんでしまう。

ではひるんでそこからどうするか。これを読んだことで考え、行動を起こす人間が現れれば、このコラムは素晴らしい役目をはたしたことになります。

実際、あがさんがもやもやしてここに書いて下さらなければ、私はこのコラムを読むことはありませんでした。あがさんは行動を起こした人です。

頭のどこかにあるけれど、大事だけど、目の前になければ日常にまぎれてしまいがちなこと。幸せになってほしい動物が、誰にも知られずに毎日死んでいく。作者は、あえて悪者になっても言わなくてはいられなかったのではないでしょうか。
2014/05/30(金) 08:10:22 | URL | [ 編集]
はるり
私のかわいい隼人は「特定犬種」のジャーマンシェパードです。うちに来る前に殺処分命令を受けました。
他の犬を何度か咬んだそうですし人間の子供にも反応しました。
今私の制止だけでじっとしていられるなんて信じられないほど荒んでいました。

保護してくれた方が訓練士で「自分が責任持つから」と引き取ったそうです。
その方は隼人に「手も足もあげたし、犬の躾をするのに皮の手袋を買ったなんて初めてだった」と言い、少なからずそのことで心に痛みを持ったようでした。
訓練半ばでしたが、私達にならと見極めて渡してくれました。

私も夫も、手も足もあげました。私は馬用の鞭を一本だめにしました。二人とも少なからずそのことで胸の奥に痛みを残しています。
でも、隼人はそんなことどこ吹く風、子猫のような愛らしさで甘えてきます。

確かな答えなんてないのだと思います。たくさんの犬達に一つの答えが当てはまるわけが無いのだから。
いつも圧倒的に犬達教えられることばかりです。

取り留めのないコメントですが、答えは一つではないことだけは確かだと思います。
一つや二つの答えで言い切ることが一番怖いです。
2014/05/30(金) 17:08:56 | URL | [ 編集]
ビートママ
数年前に「ドッグライフカウンセラー」の資格を取得し、いわゆる「愛犬のお悩み相談」を受ける側におります。
数々の相談を受けるうちに、犬の問題行動の原因は、主として人間側(飼い主や、周囲の人たち)にある、ということを痛感するようになりました。
だからと言って、100%人間側が悪い、ということでもない。だからこそ「どんなに努力しても救うことができない犬がいるという現実は受け入れなくてはいけない」と言うあがさんの表現に、深く納得しました。
静かに刺激を受ける内容でした。書いてくださって、ありがとう。
2014/05/30(金) 17:38:51 | URL | [ 編集]
あが
はたはたさん

はたはたさんのようにご自分で引き出して活動なさってる方には切実ですよね。
でも現実問題としては、全部の犬を引き受けることはできないし
選択の苦しさというのは、誰かに責められるようなものではないと思います。
引き受けることのできなかった犬への思いを感じることができれば
切なさはあっても私の今回のモヤモヤはなかったと思うんです。

「この犬は救えない」「この犬は救うべきじゃない」
似ているけれど、ここには大きな違いがありますよね。
2014/05/30(金) 23:07:48 | URL | [ 編集]
あが
秘密コメントさん

そうなんです、ずっとつかえていました。
今もスッキリしたわけではないんですが、書いたことで少し楽になりました。

私もこの方は熱意を持って活動して下さっている方で
それ故にたくさんの葛藤を抱えた末のコラムだと思うのです。
それでもやっぱり、多くの読者を抱えたサイトでのコラムだけに
「その言葉だけは避けて欲しかったなあ」と感じたんですね。
いつも一緒に考えて下さって、こちらの方こそありがとうございます。
2014/05/30(金) 23:16:58 | URL | [ 編集]
あが
ねねさん

そうですね。筆者のお気持ちはわかるんです。
でもやっぱり「咬傷事故歴がないのに貰い手がない犬がいるんだから、咬傷事故歴のある犬は救うべきじゃない」というのは「だから」でつないで考える問題ではないと思うのです。
おっしゃる通り、どちらも問題の根本は人間なんですもんね。
そしてこれもおっしゃる通り、レスキューだけでなく販売システム、教育、法律、これを変えて行かなくては蛇口を開いたままで拭き掃除をしているようなものです。
一朝一夕で変えられることではないですが、草の根的にでも継続していかなくてはと思います。
2014/05/30(金) 23:23:43 | URL | [ 編集]
あが
coco.。さん

cocoさんが同様に、筆者の方は思い入れがとても強い書かれ方をしていると私も思いました。
思い入れが強い事を書く時、私は普段以上にCOOL HEAD, WARM HEARTが大切だと考えます。
でもshould't saveという言葉は、少なくともCOOL HEADで書かれたとは感じられない。

本文中でも例に挙がっていた、ヒーローキャットの飼い主の男の子を咬んだ犬は話題になったので助命嘆願もありましたが、普通の咬傷事故の結果シェルターに来た犬はほとんどの場合誰にも知られることなく、貰い手がつかないので結果的に殺処分になることがほとんどです。その割合は事故歴のない犬よりもずっと高いものです。

過去に何度も書いている「レスキュー活動のビジネス的視点の大切さ」の中には現実的にできることとできないことの見極め、活動に一定の境界線を定めることも含まれます。
そうしないと活動そのものの基盤がダメになってしまうからです。その結果、救うことのできない命、引き受けることのできない命というものも出て来てしまいます。それはARKさんでもBEST FRINEDS ANIMAL SOCIETYでもシーザーさんのセンターでも起こっていることです。ただ、その引き受けられなかった命への愛はそこにあって欲しい。
愛なんてきれいごとだけでは物事は前に進まない、だからこそのビジネス的視点の必要性なのですが、愛なしではやっぱりどこかに歪みが出ると思います。

すみません、長々と書いてしまいました。つまりは
> 自分で島買ったら、そういう犬も入れてあげたってええやん~。
そういうことです(笑
2014/05/30(金) 23:44:51 | URL | [ 編集]
あが
Oklahomafrostさん

そうです。根本の問題はまさにここですね。
> 行く場所のない動物がもっともっと少なければ、その上で問題のある動物に目を向ける余裕があれば、現場にいる人がこんなことを言わなくてもいいのに。

あえてネガティブな言葉を使って注目を集める。これは確かにテクニックとしては有りですね。
推測される筆者の方の活動や、そこから発生するお気持ちなどは理解できるんです。
でも本文にも書いたように、やっぱり「事故歴がないのに貰い手がないために処分される犬」と「事故歴のある犬を救おうとする人々」の問題は切り離して考えるべきだと思うのです。
「この犬でさえ処分されるのに、こっちの犬は処分されて当然でしょう。」ではやっぱり次の戦略や活動が停止してしまう。

でもそうですね。
> ではひるんでそこからどうするか。これを読んだことで考え、行動を起こす人間が現れれば、このコラムは素晴らしい役目をはたしたことになります。
こういう風に考えて下さると、そうかなるほどと思えます。

筆者があえて悪者の役を引き受けてくれたというのもおっしゃる通りかもしれませんね。
と頭を冷やして考えた後、見出しのセンセーショナルな言葉の後にクエスチョンマークを付け加えてくれていたら、本文中にも咬傷事故歴のある犬達への思いが感じられる言葉があったらなあとやっぱり感じています。
たかが表現たかが言葉ひとつなのですが、伝えるということはそういうことではないかと思います。
2014/05/31(土) 00:00:33 | URL | [ 編集]
あが
はるりさん

この記事を読みながら、どうしても割り切れない気持ちになったのは本文中にも書いたヴィックの犬達やウォレス、そして隼人君のことが頭から離れなかったからです。

レッドゾーンの犬を引き受けるというのは生半可な気持ちでできることではないですし、するべきではありません。この筆者の方が言いたかったことのひとつはそこにあるとも思っています。

隼人君の保護をして下さった方、はるりさんご夫妻が胸を痛めながらも、手をあげなくては仕方がなかったこと。それは第三者がどうこう言えることではないと思います。現在の隼人君の穏やかで幸せそうな顔を見れば何も言うことなどないですもの。

筆者の方も豊富な経験を通して、胸に募る思い、やり切れなさ、悲しみがお有りなことは感じられます。
でもやっぱり犬は一頭一頭全部違いますもんね。その一頭一頭にきちんと向き合えるだけの環境を作るために、制度や法律、教育を整えていかなくてはと切に思います。
2014/05/31(土) 00:10:50 | URL | [ 編集]
あが
ビートママさん

初めまして。コメントありがとうございます。
ドッグライフカウンセラーの資格取得、素晴らしいですね。
「問題の多くは人間側にある。だからと言って100%人間が悪いわけではない」
現場で多くの犬と人に携わっていらっしゃる方のお言葉ですね。
世の中のほとんどすべてのことは白か黒か、ゼロか100かで割り切れるようなことはないのに
犬のこととなると、それが忘れられがちになることが多いように思います。
柔軟にオープンな気持ちになって、その上で受け入れなくてはいけない現実にも目を向ける。
そんな風でありたいなと思っています。
カウンセラーとしての益々のご活躍、お祈りしています。
2014/05/31(土) 00:27:35 | URL | [ 編集]
このコメントは管理人のみ閲覧できます
2014/05/31(土) 03:28:32 | | [ 編集]
あが
秘密コメントさん

ご丁寧にありがとうございます。
本当に皆さんの言葉は参考にさせて頂いたり、新しいことに気づかせて頂いたりとありがたいです。
恥ずかしいだなんてとんでもないです。こちらの方こそこれからもよろしくお願いいたします。
2014/05/31(土) 23:03:15 | URL | [ 編集]
mami
ああ、これは。
私もレスキューのオーナーやほかのボラ達と話し合いました。

激しい攻撃性を持つ、Rookie一頭の命を救うか、他の何頭もの命を救うか。
預かりボラをしていた私がRookieの里親になれば、もう預かりボラは出来なくなり、その結果、引き出せたはずの何の問題もない犬が殺処分される。
さらにRookieが何らかの問題を起こせば、愛護団体の立場もマズくなるし、保護犬のイメージも悪くなる。
「こんなにいろいろなものに怖がっていて、不安でいっぱいのなかで生きていくのはRookieも辛いのでは。楽にしてあげた方がいい」という意見も。

どちらが正しいとも間違っているとも言えないから、難しいですね。
でもWe shouldn'tは、ひっかかちゃいますね。
2014/06/01(日) 22:38:09 | URL | [ 編集]
あが
mamiさん

Rookie君を巡って多くの意見が交わされたことは想像に難くないです。
Rookie君の場合はmamiさんのもとで最終的に幸せになって万々歳だったけれど
話し合いの時点では未来のことは誰にもわからないし、絶対の正解なんてものはないですもんね。

mamiさんもおっしゃるように、やっぱりwe shouldn'tは引っかかってしまうし
咬んでしまったイコール即殺処分と決めてしまうのも怖い気がします。
2014/06/02(月) 23:39:40 | URL | [ 編集]
残念ながらこれが本音なのかもしれませんね・・・
確かに咬傷歴のある犬を再教育して、と言うのは時間も人もとられますから。昔の実家のようにそう言う犬ばかりを趣味で引き取って再教育していたのとは違いますしね。
どちらが良いとも言えないですね。
2014/06/06(金) 10:02:57 | URL | [ 編集]
あが
昇さん

そうですね、確かにこういう本音とか現実というものがあるのは認識しておかないといけないと思います。
それでもやっぱり頭から「べきじゃない」という表現を使うのは、この筆者の立場からしてもやっぱり違うよなあと私は思います。
本当は昇さんのご実家のようなことができる方に協力をお願いしつつ活動をつづけるというのが理想なのでしょうね。
2014/06/07(土) 20:05:10 | URL | [ 編集]










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